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伏見人形
大西貞行さん
伏見人形の老舗窯元「丹嘉」は、寛延年間(約270年前)に伏見稲荷近くで創業し、現在唯一現存する窯元です。約2000種類の多彩な土型で風俗や縁起物を表現する人形をつくり続けています。

慣れと技術

就職するまで

―昔はこの地域一帯に、伏見人形を作る窯元が軒を連ねていた。

昔はこの街道近辺に5、60軒の窯元があったらしいんですけど、今残ってるのはうちだけですね。自然な流れかと思いますけど、最初は土人形とかお雛さんみたいな人形しかなかったものが、プラスチック、セルロイド [1] 、ソフビ [1] みたいなものが出てきてそれに負けていったということでしょうね。



―職人は分業で人形を製作していた。

昔の人は芸術的な感覚も知識もすごいあったので、やっぱり人形の造形がもうすごいな、と思う。同じものを作れ、って今言われても僕はもう絶対無理やし。この辺りに5、60件あった窯元にも、僕らみたいな職人もいれば、原型だけ作っていろんなところに売ってる人とか、窯焚いて回った窯炊き職人みたいな人もいたらしいんで。昔はちょっと分業制がもっと今より敷かれてたみたいで。うちにある人形でも、門外不出の人形というわけじゃなくて、他のところから流れてきた型で作ったものとかもあるし、そもそも、いろんな人が原型作ってるやろうから、筆のタッチがちょっと違うんですよね。



[1] セルロイド人形のこと。合成樹脂で作られた人形
[2] ソフト塩化ビニールで作られた人形

仕事始めるまで

―大学までにさまざまなスポーツに取り組んできた。

1972年生まれで、53歳です。中学まで野球をしてて、高校ラグビーやって大学はアメフト一生懸命やってて。その後1年だけトレーニングジムのインストラクターの仕事もして、家に戻ってからは、ずっと人形づくりをやってます。



―家業を継ぐにあたって思うこと。

僕に限らず、家業があるところはどこも同じやと思うんですけど、大体子供の頃にみんな漠然と「跡を継ぐんだろうな」みたいなことは思うんですけど、みんな高校生ぐらいで嫌になるんですよね。僕の友達とか、お寺のやつとか多いですけど、みんな「坊さんなんか絶対嫌や」とか一瞬思うけど、まあ大学出る頃にはやっぱりなんとなく継ぐっていうマインドになってる。なんか多分僕も大学出て、ちょっと抗ってジムのインスタラクターしてたような感じもあるやろうし。


なかなかね、高校生ぐらいはこういう地味な仕事って憧れないんで、これも自然な流れかなとも思うんですけども。それこそ昔は僕プロ野球選手になりたいなって思ってたし。大学の時はアメフトの携わる仕事をしたいなって思ってたし。なんとなく、なんとなくです、継ぐような気持ちになっていくのは。

流行を形にする

―窯元にはすでに多くの型があり、新しい種類の人形はあまり作らない。

今は新作をあんまり作ってないんですよ。99%、昔からの型を使って作ってますね。うちの父でも作ったことない人形みたいなのがまだまだあるんで。元は昔の江戸時代とか明治の頃の型を使ってやってるんで。(工房の)裏に型がいっぱいあって、数えてないんで僕も分かんないですけど、ちっちゃいのまで合わせたら2000種類ぐらいあるっていう風に聞いてますね。


新しいのはちょっと前に作ったペンギンぐらいかな。伏見人形っていうのはそもそも当時の流行のものをモチーフにしてるんでね。歌舞伎のもの(人形)でも、今では昔の風習みたいなものになってますけど、当時の流行、最先端と言われるものを人形にしたりしてるんで。例えばペンギンの人形で言うと、京都初の水族館 [3] ができた。当時の感覚で言うと絶対に水族館に関係するものを人形にしてるだろうな、っていうなことで、僕はその中でペンギンを選んで人形にしたんですけど。僕は新しいことをしてるわけではなく、当時の、その時代の最先端のものを作るっていうので、伏見人形の流れそのままの作業なんですよすね。



[3] 2012年に開業した京都水族館

塗り

―伏見人形ならではの絵付けについて。

伏見人形は、他の郷土人形に比べると、原色とかを多用する人形だと思いますね。最近の配色のように思われがちですが、昔からこういう彩色をしてますんで。泥絵の具とか、岩絵の具とかの粉と膠 [4] を合わせたものを塗ったりするんです。



でも最近はその絵の具とかがもうだんだん廃盤とかになってきてるんで、アクリルっぽいやつとかも使ってやってますね。下地に胡粉 [5] を使うこともあれば化学的な白の絵の具を使うこともありますし。そこは一長一短あるんでね。胡粉のいいところもあるし、胡粉のめんどくさいところもあるし。素材的に絵の具のが悪いということがあるので、土を素焼きした状態に色を塗っても乗らない。ここに胡粉なり下地の白を塗ってそこから彩色していく。胡粉のいいところはやっぱり、ある程度下地の粗さが隠せる。塗料自体が濃く塗れるというか、ファンデーション効果というか、ツルっとできる。



―伏見人形は後ろ側に色をつけない。

伏見人形は後ろ塗らないんですけど。その塗り残している部分が胡粉の白色で。後ろ側を塗らないので「伏見人形、面ばかり」と揶揄されるぐらいの。「お客様に裏がないように」ということで裏側を塗らなくなったんですけど、そういう大義名分の元、作業を簡素化した。大事ですねそういう、大義名分っていうのは。昔の人がそういう大義名分を探して、後付けで言ったんでしょうね。



でも最近はその絵の具とかがもうだんだん廃盤とかになってきてるんで、アクリルっぽいやつとかも使ってやってますね。下地に胡粉 [5] を使うこともあれば化学的な白の絵の具を使うこともありますし。そこは一長一短あるんでね。胡粉のいいところもあるし、胡粉のめんどくさいところもあるし。素材的に絵の具のが悪いということがあるので、土を素焼きした状態に色を塗っても乗らない。ここに胡粉なり下地の白を塗ってそこから彩色していく。胡粉のいいところはやっぱり、ある程度下地の粗さが隠せる。塗料自体が濃く塗れるというか、ファンデーション効果というか、ツルっとできる。



―塗りには慣れと技術が必要である。

伏見人形の絵付けは基本、塗り絵みたいなものなんですよね。型の上に色を乗せていくということになるんで、見本通りというか。ほんまに持って生まれたセンスはあるけども、もう慣れ。色紙に絵を書けって言われたらだいぶセンス出るやろうけども。うちの人形っていうのは、塗り絵と同じなんで、ここにこの色、ここにこの色みたいに色を塗るんで。なので、例えばそのまっすぐ線を引く技術っていうのはいるかもしれないけども、センスよりも技術、慣れ。



うちは工房入れば初日から、例えば、失敗しても上から塗れば大丈夫な場所とか、ある程度失敗しても修正が効くものを塗りますけども、でも基本的に自分で丸々一個仕上げるんで。プレッシャーがだいぶ違うだけで、やること自体は簡単なものも難しいものもあんま変わらないんで。コツ的なことってやって覚えるしかないので、本当にやりながらやりながらですね。



―絵付けをするときは職人でも手が震える。

人間なら誰でも絶対震えます手は。例えば、高明な職人さんでも、お米一粒にもっと精密なお経を書いてるような人でも手は震えると思う。そういう人でも絶対震えるんですよ。その震えるけども、それを抑える術、コツを持っているだけの話であって。細かいところをやろうとしたら、人間誰でも震えます。しかも「それ、失敗するなよ」って言われたらもうなおさらじゃないですか。そこを例えば、台に手をつけてやる人もいますし、そういう工夫をするかどうかだけの話であって。



あんまり僕らが言ったら良くないかもしらんけど、慣れはあるけどもちろん、職人のやってることって、そんな大したことないんですよ。たとえば、料理人の人が「これだしの配合は毎日の湿度とか気温とか水分を調整する」とか、ちょっとこれ煮込みすぎたから水ちょっと足すとか。多分それと同じことなんですよ、僕らのやってることって。でもこういう工芸品やからなんかそういう大げさな気温と湿度を考慮したみたいな感じになってるけど「そんなんもう一緒や」と僕は思うんですけどね。みんな大したことと思わずに当然やってるいろんなことの範疇やと思うんですね。



―塗りは飽きとの戦い。

仕事をやる上で大変なことは、同じことをするっていう、飽きとの戦いですね。干支の人形とかでも何千個とか、同じことをずっとやるわけですよ。なんでね、「人形の顔描くときって、一体、一体魂込めて描かれるんですか」みたいなことを聞かれるんですけど、そんなやってたら死ぬと。だからほんまにもう「無」が最強の状態ですよ。それも乗ってるという、もう何も考えない。「無」の状態で勝手に動いていくみたいなのが最高の状態なんで。



今でも工房でね、テレビをかけながらやってるんで。普通にテレビ見たりもしますけどね。ほんとに集中したらそのテレビで何言ってるか入ってこないときもあるし。顔の絵付けとか集中したい作業とかは夜一人でやったりもするんで。ほんまに単調な作業なんで。もうずっと座ってるし、同じことやってるし、我慢ですね。



[4] 牛の皮や魚の浮き袋などを煮出して作られる、動物由来の天然接着剤
[5] 主に日本画で用いられる貝がら焼いて作られる白色の顔料

やりがい

―伏見人形を制作する中でのやりがい。

僕らみたいに物を売ってる人間以外の人からしたら「ほんまかいな」って言われるかもしれんけど、やっぱり結局お客さんが喜んでくれてあるところが一番嬉しいよね、結局。だってそのために作ってるから。100%お客さんのためかって言ったら、それはもう根本は自分が生きていくためやけども、やっぱりそれでもお客さんが喜んでくれはるっていうのはすごい力になるので、そこは大きいですね。



自分的には「これめっちゃいいな」って思っても、反応が薄かったりすることもあるんでね。ある意味こっちの人間は感覚が麻痺してるところもあるんで。例えば、僕らは見慣れてるから「こっちの色よりこっちの色にした方が絶対良い」って思うこともあるんやけど、初見で両方見た人は、「やっぱり元の方が良い」って思うってことがあったりするんで。麻痺してるところが、良い面でもあり悪い面でもあるんですけどね。そういうこともあったりするんで、なかなか難しいですよね。

聞き手 | 木下快

2025.5.26

職人図書で掲載している聞き書きは、話し手の語りに耳を傾け、聞き手との対話を通じて構成されたものです。語られた経験や価値観、そのときどきの思いを、できるかぎりそのままの形で伝えるよう努めています。記述は、語り手と聞き手それぞれの視点に基づいているため、歴史的な事実や一般的な見解とは必ずしも一致しない場合があります。

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丹嘉

伏見人形は、京都府の伏見区で作られている土人形で、日本で最も古い郷土玩具です。土型や、石膏型に土を詰め形を作り、焼成、下塗り、彩色などの工程を経て完成し、様々なモチーフと鮮やかな色彩が特徴です。その伏見人形最後の窯元、「丹嘉」で働く大西貞行さん。大西さんは大学を卒業後、8代目として、両親と複数の職人とともに人形の制作を行なっています。

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