漆の可能性
仕事の道
―小さい頃からものづくりが好きだった。
小さい頃は全く漆を触ってなくて。姉の影響もあって、ちっちゃい人形を作ったりとか、あとはビーズをくっつけて立体にしてキャラクター作ったりとか。小学校の時は、手芸クラブを立ち上げて、教えてたりとかして。あとは木を切って木で貯金箱作ったりとか、車の形のとか飛行機作ったりとか。ほんまに手動かすことが好きやったな。
―高校を卒業して、漆芸家鈴木雅也さんのもとで修行を始める。
勉強はそんなに好きじゃなくて。ただものづくりは好き。昔からずっと手を動かしてたから、やっぱり身近な家業の漆を選択肢から外すのもおかしいかなと思って、親父と相談して、漆芸の鈴木先生 [1] のところに「お願いします」と頼みに行って。なかなか狭き門なんやけど、うちのおじいちゃんが鈴木先生の面倒を見てたこともあって、「じゃあ、ええぞ」みたいな感じで。普通なかなかパッと出では入れへんところなんやけど、鈴木先生の工場に入らせてもらって。
その時に鈴木先生に「8年勉強せい」って言われて。それに加えて先生のところで教えてもらった技術で、お礼奉公って言って、さらにプラス2年、先生のところの職人として尽くさなあかん。先生の運転手したりとか雑用もしながら、仕事は朝から晩まで、先生の下仕事とか、兄弟子に教えてもらったりとかして。ただ単純に8年は長いなって思って、自分の中で勝手に5年だけ頑張ろうって思って。やっぱり5年って自分で決めた方がギュッて集中できるかなと思って。
[1] 漆芸家・鈴木雅也先生のこと。
―仕事を始めた頃は、仕事に没頭していた。
仕事が楽しくて、どんどん覚えていけるし、覚えることはいっぱいあるねんけど、確実にレベルアップしてるから楽しいというか、やっぱり技術に没頭できんねんな。他のこと考えずに目の前の技術を追っかけられるっていうのは、楽しくてやりがいがすごかったんやけど。3年を越えてくると仕事は全部一通り覚えられたし、ある程度できるようになったんやけど、パタッと急に伸びが出なくなって。
最初は覚えることもいっぱいあったりして、グワーンと成長するねんけど、急に成長の曲線が落ち着いてきて、家業の方を見渡してみると仕事がない。「どうすんの」みたいな感じになって。自分でもその状況がズーンと響いてきて、この先どうなんやろう、みたいな。これを勉強したところで食っていけへんのちゃうかなみたいな。その時は業界が絞んでいくのを感じて。抹茶道具とか仏壇も売れへんし、漆のお椀も正月に重箱なんかもみんな買わへんし。漆が世の中から外れていってるものみたいな感じになってきて。必要のないものをひたすら作ってるっていう、そういう精神状態になってきて、すごくしんどかったよな。
内装と漆
―カウンターを塗る。
そんなとき親父がたまたま知り合いの「祇をん八咫」っていう飲食店のオーナーに久しぶりに再会して。会った時にオーナーから「今、店考えてて、予算ないけど漆のカウンターをやってみたくて、誰かいい人いいひんかな」みたいな相談されたら、親父が「うちの息子を塗れるで」みたいな。ほんま言うて塗れへんねんけどさ「予算もないし、やってみいへんか」って言われて。
それで、ここのカウンターを21歳の時に塗ったわけよ。そのときに「これ楽しいな」って思って。塗ることも楽しかったんやけど、今までお茶道具とか、買ってもらっても桐箱に入って収められるとか、誰がどういう風に使ってるか分からないものを作ってたのが、急にそうやって漆の内装、言ったら触れるもの、すごく身近なものができたなあ、って思って。漆ってちょっと敷居が高いというか、その敷居をもうちょっと下ろしていけんやなっていうのがあって、すごく可能性を感じたのと、漆と内装というのが相性がものすごくいいなと思って、自分の中で漆と内装というのがガチッとはまって。
吸収してみる
―内装について学ぶため、家の近くの京都工芸繊維大学の夜間コースに入学した。
内装の方でこれからやって行きたいなっていうのがあって、でも素人やし建築もインテリアわからへんから、これはどっか勉強しなあかんって調べたら、安くて近くてところで、工繊 [2] あるやんみたいな。昔って造形工学科っていう夜間コースがあって。それで大学に通いながら家では漆の仕事を手伝ったりとかしてたな。
[2] 京都工芸繊維大学
―大学や家業に勤しみながら、アルバイトもしていた。
家の仕事を手伝う他にも、バイトみたいなもんやけど、西本願寺とかの、漆の修復を会社に入ってちょっとやってたり。あとは「吉忠マネキン」っていうマネキン工場で遊園地のジェットコースターとかをウレタンで塗装したりとかしてて。その時は意識してへんかったけど、そこでスプレーガンの使い方を覚えて。それを漆でやってみたりもしたら、実は結構綺麗に塗れるんやな、って。
漆はハケ塗りが基本なんやけど、それに溶剤入れてスプレーで塗っても別に塗れんねん。実際やってる人もいるんやけど、建築で効率考えたら、それも一つの手やなと思って。そんな邪道やわ、って切り捨てるのは簡単やけど、一回自分で吸収してみて、いるかいらんかって考えるのも大事やな、と思って。漆をハケ塗りできない人が、漆をスプレーで塗ってるんじゃなくて、ちゃんといろんなことを知っててやるっていうのは、もちろん意味があることで。そういう塗料の特性みたいなのをやりだすと、それはそれですごく面白くて。こういう塗り方ができるんやないか、みたいな。それを自分の作品にちょっと入れてみたりとか。
新しいジャンル
―大学に通ったり、他の仕事をしながらも、家業を成り立たせることの難しさは感じていた。
家の仕事を手伝いながらも、リアルな問題に直面するというか、需要がない、仕事がない、一家養っていけへんやんみたいな。これはちょっと問題をどうにかせなあかんな、新しい漆の可能性を探らなあかんな、っていう思いがどこかで漠然とあって。他のお弟子さんとかは技術に没頭して、そういうことを考えへんねん。
それで、この技術をどう活かしていくかっていう方向で考えるようになったな。10年勉強したら自動的にこんな仕事にありつけるっていうんじゃなくて、やっぱり考えていかんと世界が広がらへんというか。もちろん技術が大事。技術があってのそういう可能性なわけで。だから技術は馬鹿にできへん。ただその技術を持ってどうするかっていうのを若いうちに考えていかんと。伝統工芸ってすごいな、かっこいいな、手に職つけてるやん、じゃないねん、それプラスαで、自分でプロデュースするとか考えていかんと、食っていけへんねん。
―そんな中、漆の新しいジャンルを模索している。
どっちかというと、技術というよりも漆の可能性というか、なんか裾野を広げたいなっていうのがあって。もう言ったら漆なんてほんまに仕事がなくて、今は職人でやっていけへん。職人って数をこなさんとあかんくて、僕よりも上の世代の人はひたすら仕事があってずっとやってたから職人になれたんやけど、今ってそんだけの仕事がないから、職人にはなれへん。
作家でもない、職人でもない、なんかもうちょっとジャンルを広げるというか。そのジャンルの中に建築とかインテリアがあると、ちょっと裾野が広がるかな、っていうのがあって。そういう漆の可能性を示したいっていうのがあるかな。そこに興味がある人がこの世界に入ってきてくれたらそれは嬉しいな。
喜んでもらえることが一番
―これまでを振り返ってみて。
やっぱり自分はラッキーなところがあって、今仕事があるのは割とアートのギャラリーの人と出会ったりとか建築家の人と出会ったりとかして、自分の実力以上に人と出会って仕事が生まれてみたいな。自分でこんなことしたい、っていうのもあるけど、周りに上手いこと導いてもらったみたいなところがあって、仕事を通じて自分がこうこういう形になってきたみたいな…。
そういう良い出会いがあったから何とかやっていけてるけど、それってもうなんか運だけのような気がして。今まで色々自分でやってるように見せかけてるけど実はもう需要に応えてるだけで、「こういうことをしたい」「こういうの面白いんちゃうか」って言われて、それをずっとやってきたから。
例えば、ニューヨークとかパリで展覧会したいとか、そういう思いはなくて、単純に言ったら、自分のもので周りの人に喜んでもらえる、っていうのが基本で。ちっちゃい時に自分が作ったものをあげた時に、貰い手が喜んでくれるっていうのが嬉しい、っていう感覚そのままでここまで来てるから。そういう意味では自分の活動に関しては、too muchやな、enoughやな。
―現在では大学生に漆芸を教える機会もある。
こういう自分がやってるようなこともあんねんやな、っていうので誰かが可能性を見出してくれたらそれは嬉しいかな。ここで勉強したり、作ったもので何かを感じてくれて、それが先に繋がってくれたら、それが一番幸せかな、と思うけどな。
聞き手 | 木下快
2025.4.19
職人図書で掲載している聞き書きは、話し手の語りに耳を傾け、聞き手との対話を通じて構成されたものです。語られた経験や価値観、そのときどきの思いを、できるかぎりそのままの形で伝えるよう努めています。記述は、語り手と聞き手それぞれの視点に基づいているため、歴史的な事実や一般的な見解とは必ずしも一致しない場合があります。